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橘玲 進化論がもたらす「知のパラダイム転換」 自然科学は人文・社会科学を呑み込むのか

橘 玲(作家・評論家)

進化論と読書

――「進化論的制約」という言葉が出ましたが、これは橘さんが近年お書きになっている著書の核となる考え方と言ってもいいと思います。これまで多くの本を読まれてきた橘さんが、進化論に興味を持たれたきっかけは?

 リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』と、スティーブン・ピンカーの『人間の本性を考える』ですね。

 それらを読んだとき、これからの人文・社会科学は、進化論をベースにした自然科学によって浸食され、書き換えられていくのだと気づきました。でもこれは当たり前の話で、言語や思想から感情まで、ヒトの脳の機能は長大な進化の過程で、「生存」と「生殖」に最適化するように"設計"されてきたわけです。

 だとしたら、社会や文化もすべて進化の結果でしかない。文学や宗教学から社会学、政治学、法学、経済学にいたるまで、人間と文化・社会にかかわるすべての学問は、進化論的に基礎づけられていくはずです。

 これは「知のパラダイム転換」とも言える事態で、しかもAI(人工知能)や脳科学などテクノロジーの驚異的な進歩によって、自然科学による人文・社会科学の書き換えはますます加速している。

 逆に言えば、進化の原則で説明できないような理論は、どれほど影響力があっても容赦なく捨てられていく。その典型がフロイトのエディプス・コンプレックスです。

――男子が母親に性愛感情を抱き、父親に嫉妬する無意識の葛藤を意味する精神分析の用語ですね。

 すべての男の子には母親とセックスしたいという根源的な欲望があるという話ですが、これは進化論的に説明できません。

 なぜなら生き物は、繁殖方法としてリスクの高い近親相姦を避ける仕組みを持っているからです。ヒトの場合、幼少期に一緒に育った異性には性的関心を抱かなくなることがさまざまな事例で示されています。女の子が父親と性交したいと思うエレクトラ・コンプレックスも、同様にデタラメです。

 そうなると、精神分析学という学問自体、まともに取り扱う理由があるのかという話になってきます。

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