小林「武蔵」の「放言」と、大岡「老兵」の復員(下)

【連載第五回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

「あんたの魂のことを書くんだよ」

 たしかに「従軍」というと「従軍記者」を思い出してしまう。小林が昭和十三年(一九三八)春に、支那事変の中国に行った時も、文藝春秋の従軍記者という肩書だった。といって、小林が言葉遣いを間違えていたわけではない。軍人が軍服の胸にぶら下げているのは「従軍記章」だ。軍人であっても「従軍」である。大岡が俘虜の生活なら四百字詰め原稿用紙で三百枚くらい書けそうだ、などと勿体をつけていると、小林が一喝を浴びせる。

「私はただてれているにすぎなかった。それがX先生に見破られないはずはない。先生は長広舌を振う私の顔を憐むように見ていたが、/「復員者の癖になまいうもんじゃねえ。何でもいい、書きなせえ。書きなせえ。ただ三百枚は長すぎるな。百枚に圧縮しなせえ、他人の事なんか構わねえで、あんたの魂のことを書くんだよ。描写するんじゃねんぞ」/「へえ」」

 大岡は旧制成城高等学校時代に東京帝大仏文科の学生だった小林からフランス語を習った。それ以来の師弟関係にある。大岡は昭和十三年に、小林たち文学仲間を離脱して、神戸でサラリーマンとなった。だから、師弟といっても元「弟子」というほうが、大岡の気持からすれば正確かもしれない。小林はそんなことにはお構いなしだ。

「何も俺はお前さんのこれまで[「文學界」に]書いた雑文を、とやかくいうんじゃないよ。しかし何かある。これは俺の信仰だ。これがはずれたら、俺のこれまでの生涯の方が間違ってるんだ」

「あんたスタンダールを十年読んでたんじゃないの。その大切な人をスタ公なんて呼びすてにする奴がありますか。自分の過去を大事にしなきゃ、何も出来やしませんよ。なにい、自分の羽で飛ぶ? ふん、なんだ、手めえの自分たあ。ただのフィリピン帰りじゃねえか」

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