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《追悼 益川敏英さん》【後編】若者が科学に夢を持てる国に

益川敏英/聞き手・竹内 薫(科学作家)
益川敏英氏〔撮影:霜越春樹〕
素粒子物理学の発展に貢献し、2008年、南部陽一郎氏、小林誠氏とともにノーベル物理学賞に輝いた益川敏英氏がこの7月23日に亡くなりました。
受賞決定後の記者会見で「たいして嬉しくない」と述べるなど、ユニークな言動で人気を集め、研究活動のかたわら、講演やテレビ出演も精力的にこなした益川氏。科学作家の竹内薫氏による生前のインタビューを公開いたします。
(『中央公論』2010年8月号より)

自由闊達な雰囲気の坂田研究室で学ぶ

竹内 今年(2010年)4月、先生のお名前を冠した教育・研究機関「益川塾」(京都産業大学)がスタートしたとうかがいました。自然科学、人文社会科学の両分野で12人の若手研究者が刺激し合いながら研究に取り組むそうですね。
「益川塾」のお話を聞いて、益川先生が学ばれた名古屋大学の坂田昌一研究室のことを思い浮かべました。坂田先生は、研究は共同でやるべしとおっしゃっていたそうですが。


益川 坂田先生がおっしゃったわけじゃありません。我々弟子どもが勝手に、先生はこういうことを望んでいるんだろうなと思っていただけです。そんなことをいちいち言わなくたって、人がたくさん集まってきたら、自然とワイワイやるでしょう?
 ただ、カリスマ教授がいることの意味は大きくて、坂田先生を慕って全国から人材が集まってきました。


竹内 坂田先生と言えば、湯川秀樹、朝永振一郎のお二人と並ぶ、日本の素粒子物理学の大家ですよね。


益川 でも、ある程度の人が集まったら、そうそう毎日指導するなんてことはないんです。先生が正月に弟子を集めて、「こちらの方向だぞ」なんてことを言うと、おのおので解釈して勝手にやる。先生はこういうことをおっしゃっているに違いないと思ってね。
 僕が院生のころも、先生が訓を垂れるなんてことはなかったですよ。当時の先生は、日本学術会議だとか日中科学交流だとか、いろんなことでお忙しくて、ほとんど研究室には見えなかったから。たまに研究室に来たときは先生の休養の時間。(笑)
 京大の基礎物理学研究所の研究会があって、坂田先生は「模型と構造」という研究会を主宰されていた。全国から大勢が集まってきて議論をし、最後に坂田先生がサマリートーク(総括的な講演)をする。研究会が近づいてくると、先生のサマリートークのための勉強会だというんで、我々は3日間ぐらいかけて、最近の素粒子物理学の動向について、こちらの分野ではこういった発展がありますと、先生にご進講申し上げるんです。


竹内 大学院の学生もですか?


益川 そう。我々スタッフ全員がご進講申し上げるわけ。先生はそれを参考にしてサマリートークで何をしゃべるか考える。
 当時、先生の下には優秀な助教授が3人いたので、口の悪い弟子が「あんなのだったら俺でもできる」と言った(笑)。「家庭教師が3人もついていれば俺でもできる」とね。
 そうしたら別の奴が、「おまえ、3人の助教授を思うまま使いこなせると思ってるのか?」とたしなめた。このやりとりは傑作だと思いましたね。

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