《追悼 益川敏英さん》【後編】若者が科学に夢を持てる国に

益川敏英/聞き手・竹内 薫(科学作家)

散歩中のノイズがアイデアを飛躍させる

竹内 さきほど、先生はよく歩かれるとうかがいました。それは一種の健康法ですか?


益川 いやいや、僕は健康にいいことなんか一つもしたことがない。
 何か答えを出すんだというんじゃなく、つらつら考えるとき、歩くのは一番いい方法です。
 電子回路もそうなんだけれども、あんまり静かすぎると発振が起こらない。少し雑音が加えられると、それでタネになって発振が起こる。それと同じように、道を歩いていると、ちょっとずついろんな刺激が入ってくる。


竹内 脳神経の回路に小さなノイズが入ってくるということですね。


益川 それがきっかけになって、思考が違った方向へ飛ぶわけね。


竹内 アイデアが飛躍するためには散歩をすると。


益川 僕の場合は歩かなければ駄目だなあ。ただし、ダンプカーの運転手によく怒られますよ。「おまえ、どこ見て歩いてる!」ってね。


竹内 数学や物理学の問題を考えているわけですね? ある意味、恐ろしい集中力ですね。でも、ちょっと危ないかも。(笑)


益川 ボケーッと考えていて、前を見てないのね。だから、どうやって信号を渡ってきたか、全然記憶にない。いつも女房に言ってるんです。もし交通事故に遭ったら、それは俺のほうが悪いからなと。


竹内 大学の最寄り駅の二軒茶屋までは、かなり歩きますよね?


益川 20分ちょっとかな。シャトルルバスが出てるんだけど、行きはともかく、帰りは絶対乗らない。
 ここの大学の理事長さんと道ですれ違うでしょう? 相手は車だから「乗っていけ」と言ってくる。「いや、結構です」と答えると、相手は遠慮してると思うわけ。だから「俺の趣味を奪うつもりか」と言うと、さすがにスーッと行ってくれます。(笑)

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