単行本『無常といふ事』がやっと出る(四)

【連載第十四回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

単行本で加わった「死手の山」の和歌

 この後、小林は詞書のある和歌を初出では六首挙げるのだが、単行本では一首が加筆され、七首となる。この一首に、私は『無常といふ事』加筆のハイライトを見る。長い詞書も含めて引用する。

「 (世の中に武者おこりて、にしひんがし北南、いくさならぬところなし。打ち続き人の死ぬる数きく夥し。まこととも覚えぬほどなり。こは何事の争ひぞや、あはれなることの様かなとおぼへて)

死手の山こゆる絶間はあらじかし亡くなる人の数つづきつゝ」

 この和歌は『山家集』ではなく、その続編である『聞書集』に載っている。人口に膾炙した作品ではない。西行研究の第一人者である寺澤行忠の『西行――歌と旅と人生』から、現代語訳を借りる。

「世の中に武士というものが生まれて、西東北南、戦でないところはない。うち続く人が死ぬ数を聞くこと、おびただしい。それはまこととも思えぬほどだ。これはいったい、何の争いなのか。哀れなことの次第だなあと思われて/死者が死出の山を越える絶え間はないであろうよ。亡くなる人の数がこれほど続いていては」 

小林は「詞書」を和歌と同じによく味わってほしい、と念を押していた。「西行」はこの和歌の加筆のあと、約二ページで終わる。西行晩年の事蹟を加筆し、「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」を最後の和歌として引用する。初出では、「彼は翌々年の二月十六日に死んだ。こゝに偶然を見るものは西行を知らないのである」と結んだ。単行本は、簡潔な筆となる。

「彼は、間もなく、その願いを安らかに遂げた」

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