単行本『無常といふ事』がやっと出る(四)

【連載第十四回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

もう一人の若き読者・岡野弘彦

『無常といふ事』を発売当時に読んだもうひとりの若い人も、吉本と同じく大正十三年生まれである。折口信夫の最後の弟子、歌人の岡野弘彦だ。岡野は伊勢の皇學館の普通科の学生だった時に、小林の講演を聞いている。昭和十六、七年頃だ。

「伊藤整・火野葦平・小林秀雄などいう人が日を別にして[学校の講堂で]話したのが印象に残っている。ただし、先の二人は時間をかけて、じっくりと話を聞かせてくれたが、小林さんは十五分ほど話すと、「僕の話すことは、もう何も無くなってしまった」と言ってすたすたと演壇を降りてしまった。その冷静で美しい風貌が、かえってくっきりと心に残った」

 岡野は國學院大學に進む。学徒出陣から復員後に折口に師事、折口晩年の数年間を折口の家に暮らす。その時には、本居宣長の件で折口家を訪問した小林秀雄にも会うことになる。『無常といふ事』を買ったのは発売直後だ。

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