単行本『無常といふ事』がやっと出る(四)
【連載第十四回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
『無常といふ事』と万葉集だけを携えて
「私は敗戦の翌年の春、どうしても鎮まらぬ心を抱いて、伊勢の家を出て、大和・山城・近江への旅に発った。単行本として出版されたばかりの『無常といふ事』と、万葉集だけを携えていた。(略)あの厳しく酷い戦は終った。私ども戦中派世代も、短い間であったがその戦闘の中に身を挺し、生死の境を体験した。まして、いち早く特攻隊要員を志願して散っていった同級生の友人や、少年航空兵となって死地に散っていったより若い友人と、鉾田飛行場で宿舎を同じくしたこともある。/そうした同世代の友に対して、「俺は生き残った」という思いは、戦いが終った後もいつも胸の奥にあって、つぶやくようによみがえって身を責めた」(岡野『最後の弟子が語る折口信夫』)
岡野は飛鳥では記紀を思い、近江では芭蕉や人麻呂を思う。比叡山の日吉神社の参道では、「無常といふ事」の「なま女房」の「生死無常の有様を思ふに、此世のことはとてもかくても候」を思い浮かべる。
「私の心の奥に苦しく重くわだかまっていた、戦の日からずっと糸引く思いを、今ならふっと断ち切ることができるような気持がしたのであった。それは、読んでも読んでもなお、分り切ったとは言えないところの残る、小林さんの文章のお蔭に違いなかった」
※次回は1月15日に配信予定です。
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)
雑文家
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。