戦後初原稿「政治嫌ひ」が「新夕刊」創刊号を飾る(下)

【連載第十回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

「我が事」に後悔はない

「これは無論、後悔先に立たずといふ意味ではない。人生は流れの如く、後悔するも追ひ難いといふ意味でもない。武蔵の言行から推して、そのやうな浅薄な意味合ひのものではない様に思はれる。彼は厳しい良心の持主だつたし、又過失や冒険を恐れぬ強い実行家でもあつた。(略)武蔵は、後悔しない様に慎重に行為せよといふ様な月並な口をきいてゐるのではない[。]自分には後悔などといふ事がてんで訳がわからぬと言つてゐるのである。

僕等は何故後悔するか。(略)つまり、僕等の後悔は、行為は自由意志に基くといふ僕等のもう想から来るといふ事になる。(略)

 僕等の行為が、自由なものか必然なものか、さういふ議論は、恐らく空論に終らざるを得まい。こゝで、武蔵の言葉が光つてくる。行為とは『我事に於いて』為すものである、と。全人格の緊張を行為に賭したものだけが行為の何であるかを知つてゐるのである。さういふ人には後悔はない。どんな過失も『我事に於いて』なされた過失たる以上[、]後悔といふ様な空疎な観念と取代へるわけにはいかぬ。取代へて過失として捨去る事は出来ない、過去の過失は、現在もやはり生きてゐるから。過失に生きた自分は、現在の自分に他ならないから。過失とさへ呼んではなるまい、それは常にたゞ『我事』であるから。たゞ、さういふ人がいかにも稀なだけである。行為を強制されて自動人形と化する人、任意に行為して後悔を重ねる人[、]己れのない者と偽りの己れを持つ者の群れがある」

 ここでは武蔵が小林に乗り移っている。「厳しい良心」の「強い実行家」とは武蔵であり、小林である。そう読める。そう読むしかない。「我が事」に「後悔」はない。この「後悔」は一年前の「近代文学」座談会を思い起こさせる。「近代文学」の「放言」では、「何の後悔もしていない」と語って(書いて)いた。

「僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。黙って処した。それについて今は何の後悔もしていない。大事変が終った時には、必ず若しかくかくだったら事変は起らなかったろう、事変はこんな風にはならなかったろうという議論が起る。必然というものに対する人間の復讐だ。はかない復讐だ。(略)僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」

1  2  3  4  5  6  7  8  9