単行本『無常といふ事』がやっと出る(一)
答えにくい疑問も遠慮のない小林
鼎談とはいえ、ほとんど平出大佐の独演会に近い。目いっぱい吹きまくっている。「サイレント・ネイビー」の代表が山本五十六だとすれば、その対極にいるのが平出大佐だった。海軍は連戦連勝の絶頂期で、ミッドウェーの大敗はこの二ヶ月後だ。「ハワイで撃滅された艦隊は永久にもうなくなったんですからね」、「海戦というものは大きなオペラですよ。イタリー語では現に作戦のことをオペラといっているんです」、「つまり、大御稜威に霊発され、愛国心に燃えて働く場合の日本人はこういう大きな力が出せる」、「われ/\の社会[帝国海軍]というものは、幽明境を異にした向う側にいるんです。結局初めから死んでいるわけです」。大海軍が壊滅した敗戦後に平出大佐の饒舌を読むと、迷言の残骸と化している。
小林はドイツの軍人ゼークトや宮本武蔵を繰り出していて、いつもの論議の延長線上で話している。
「いつかあなたの放送なすった中にあった、特別攻撃隊という文句、あゝいう言葉が、言葉の上からでなく、生活の中から自然と生れて来ている、そういうところが僕は非常に面白かった」
「勇気とか精神とかいう言葉じゃどうにもならん、物から教育して行って、物に即した精神をつくって行かなければならない。今までの唯物論は物になぞ決して即していなかった」
小林が「質問者」として平出に訊くのは、一国民としての素朴な疑問だ。
「あらゆる軍艦には[特殊潜航艇のような]自爆の装置というものがあるんですか」
「若しも海軍が有ってる自信が政治家にあったら、日本の政治はやはり随分違ってただろうと思うんですが......」
「ハワイ攻撃の時は、ハワイの飛行機は全部やっつけたのですか」
「モレスビー[ポートモレスビー]という処は、なか/\とれないようですが、やはり山があって進めないわけですか」
平出大佐が答えにくい素朴な疑問も遠慮なくしている。この鼎談は話の中味よりも、小林と河上のバックに帝国海軍の威光をちらつかせることで、情報局、内務省、陸軍省、逓信省などの「当局」への牽制にしたのではないか。言論統制といっても一枚岩ではない。各部署の思惑が衝突する場でもある。
※次回は11月10日に配信予定です。
1952年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒業。出版社で雑誌、書籍の編集に長年携わる。著書に『江藤淳は甦える』(小林秀雄賞)、『満洲国グランドホテル』(司馬遼太郎賞)、『小津安二郎』(大佛次郎賞)、『昭和天皇「よもの海」の謎』、『戦争画リターンズ――藤田嗣治とアッツ島の花々』、『昭和史百冊』がある。