単行本『無常といふ事』がやっと出る(一)

【連載第十一回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

火消しに努める河上徹太郎の友情

 以上が河上の小林弁護の部分のすべてである。「文芸時評」という枠組をはみ出しての異様な擁護に映る。この河上の時評が書かれたのは三月八日で、小林の「戦争と平和」の発表が二月下旬なので、小林批判は言論統制機関からすぐに起こり、河上が次号の誌面を使って、あわてて火消しに努めたという図ではないか。河上の友情も感じられる。

それを側面から証拠づける鼎談がある。文藝春秋が海軍の全面協力で編輯していた月刊誌「大洋」の五月号に載っている「海軍精神の探究」という十六頁に及ぶ長文のインタビューだ。出席者は海軍大佐の平出英夫、訊き手(質問者)は小林秀雄と河上徹太郎の二人だ。河上は「文芸時評」でも平出大佐の名を出していた。「大洋」五月号は「海軍兵学校特輯号」で、二番目の売りがこの鼎談である。「編輯後記」で編輯長の小坂英一は書いている。

「▽世界の人々は、今、我が無敵海軍の底知れぬ力に驚歎し、各国は我が「海軍魂」の探究に心を砕いている。本号に「海軍兵学校」を特輯した意義もそこにある。(おお)いなる江田島精神! これこそ「勝利の基礎」をなすものである。続木[禎弌]大佐、古橋[才次郎]中佐、唐木[和也]少佐、浜田[昇一]少佐等の兵学校時代を語る諸篇、更に小林、河上両氏が平出大佐と鼎坐してする「海軍精神の探究」、全国民に一読を薦めたいものである」

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