単行本『無常といふ事』がやっと出る(一)

【連載第十一回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

時代の寵児・平出海軍大佐との鼎談

小林に関しては研究が進んでいるので、紙誌上の発言もほぼ全貌がわかっている。戦前の分については、吉田(ひろ)()が「小林秀雄 座談会・鼎談・対談要覧」(吉田編『別冊國文學 小林秀雄必携』に所収)としてまとめていて便利なのだが、この鼎談は見落されている。私はたまたま古書展の雑書の山から掘り出した物で、たったの三百円で入手できた。小林の知られざる発言が載っているとも思わず買った古雑誌である。

 なぜ小林ともあろう者が、河上ともあろう者が、時代の寵児・平出大佐に敬意を表して、こんな座談会をやっているのか。私が最初に持った印象は「小林の戦争協力の動かぬ証拠では」というものだった。それにしても不思議だ。平出大佐は当時「超」のつく有名人である。海軍の華々しい戦果発表を受け持つ大本営海軍報道課長として圧倒的な人気を集めていた。海軍の語り部として、歌舞伎座を一杯にするとまで言われた。写真での見た目は作曲家の古賀正男のようで、パッとしない。しかしその語り口に人気の秘訣があり、さらに大勝利を告げる報道官として、常に檜舞台に立っていた。この座談会が行なわれたのは四月六日だった。時間の流れからすると、まず小林の「戦争と平和」が載り、ついで小林を弁護する河上の「文芸時評」が載り、続けて鼎談となる。どれも文藝春秋社の雑誌を舞台にしていて、一連の流れを見れば納得がいく。

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